半導体を語ろう~素人から見たAMD~
こんにちは。
3回目の投稿になります koma です。
前回、半導体メーカーのAMDについて少し触れましたが、今回も引き続きAMDについてまとめようと思います。
AMDの始まり
AMD(Advanced Micro Devices, Inc.)は、1969年、フェアチャイルドセミコンダクター(かつて存在したアメリカの半導体メーカー)を退社したジェリー・サンダース (Jerry Sanders) らによって設立されました。
AMDは、当初Intelのセカンドソースとして、AM9511・AM9512といったプロセッサを作るメーカーのうちの1社でした。
セカンドソースとは、オリジナルと同じ仕様で他社が作った製品のことです。
半導体の分野ではよく行われていることで、例えばモトローラのセカンドソースと言えば日立が有名です。
AMDは1975~1991年あたりまで、セカンドソースを行っていたようです。
互換プロセッサの開発
1991年頃から、AMDはインテルの互換プロセッサの開発へ舵をきります。
Intelの互換プロセッサというのは、例えば
i386(Intel) ⇒AM386(AMD)
i486(Intel) ⇒AM486(AMD)
puntium(Intel) ⇒K5(AMD)
というように対応しており、同じ場所に刺さりますが、性能が違うそうです。
上記の通り、AMDはもともとIntelのセカンドソースを行っており、加えて、お互いにセカンドソースをやりましょうというクロスライセンスを結んでいました。
そのため、例えばIntelがi386⇒i486に進んでからAM386を製作というように、1つ古い世代を製作していました。
しかしある時から、AMDが同じ世代の製品を作り始めるようになり、それに対して、Intelは何度も訴訟を起こすようになります。
AMD側はクロスライセンスが継続していることを理由に、訴訟を受けつつ生産を継続しました。
AMDはセカンドソースメーカーから互換プロセッサメーカーになることで、単独で開発ができるようになります。
【引用元】Pexels
AMD「K6」シリーズ
訴訟は続いていましたが、Nexgen(カリフォルニアのプロセッサメーカー)を狙っていたAMDは、Nexgenを買収します。
そして、Nexgenの開発メンバーを統合して作った互換プロセッサが「K6」シリーズです。
「K6」シリーズは、MMX Pentiumの互換として、より高クロックで動作するCPUで、PentiumⅡに迫る性能をもっていました。
つまり、前仕様でありながら、次世代の性能を持っていたのです。
そのため多くのメーカーがこれを採用しました。
「K6」シリーズは、K6⇒K6-Ⅱ⇒K6-Ⅲと進化していきます。
特にK6-Ⅱは、低価格帯のPCに採用されてシェアを伸ばしました。
ここでIntelとのライセンスが切れるため、互換プロセッサとしてはK6-Ⅲが最後になります。
K6-Ⅲは生産数が少なく、クロックも伸びませんでした。
しかし、最後の互換プロセッサということで、今でもネットオークションなどでは高価格で取引されているのを見かけることがあります。未だ人気の高いCPUなんですね。
【引用元】Pexels
余談
互換プロセッサのライセンス切れにより打ち切られたメーカーが多くあったようで、大多数はその時を境にCPU開発をやめてしまいます。
ここから、IntelとAMDの2強の時代が始まります。
おしまい。
ここまで読んでいただきありがとうございました。